デジタルと文化の狭間で

ジャストシステム在籍中から、デジタル文化研究所という組織に属している。
この組織名称には愛着もあり、単にジャストシステムという一企業を超えた可能性も感じている。
ちかごろ、ASAhIパソコンの創刊編集長を務められた矢野直明氏が提唱しておられるサイバーリテラシーという概念に非常な共感を覚えている。 デジタル文化と重なる議論も多々あるように思われる。
以下は、デジタル装置と人々の営為としての文化が切り結ぶ現場で考えてきたことの軌跡である。

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論文・評論

題名日付掲載誌紙概要
デジタル出版と製本技術2002年2月個人ホームページ書物を書物たらしめる製本技術
身体感覚と新デバイス技術2000年03月「次世代コールドエミッション技術の調査研究」 平成12年3月 新エネルギー・産業技術総合開発機構 委託先:社団法人 日本電子工業振興協会JEITAの委員会での報告を元とした論考。このあたりの議論は、もう少し発展させたいなあ。
「紙」の役割を代替できるか、できないか
−電子書籍コンソーシアムの目指すもの−
1999年6月新聞研究No.575電子書籍コンソーシアムに事務局・技術責任者として係わっていたころ、新聞協会の研究会で発表した内容をまとめたもの。当事者の一人だったために、表だって否定的な考えは書いていないが、このころ、すでに電子書籍とそれよりも書物そのものの行く末に大きな疑問を抱いていたことが読み取れる。
次世代電子書籍システムを模索する
電子書籍コンソーシアムとBOD総合実験の今
1999年4月出版ニュース'99.4/中終わってみれば、なんと馬鹿なことに荷担したのだろう、という慚愧ばかりが残る電子書籍コンソーシアムへの参画だったが、その慚愧も冷静に考えれば、未来を考える際の反面教師にもなりうる。自分の軌跡を抹消するわけにもいかないので、そのまま記録しておくことにする。
ネットワーク社会でのルビの再評価1998年月http://www.ipsj.or.jp/members/SIGNotes/Jpn/33/1998/034/article004.html情報処理学会情報メディア研究会報告の予稿。
Bookガイド―――マルチリンガル以前の教養 編1998年8月bit(共立出版)bitは、明らかにある時代のコンピューターサイエンスで最も権威のある雑誌だった。bitに自分の原稿が掲載されること自体、ある種の誇らしさを覚えたものだ。それはそれとして、bit誌上で田川健三やウンベルト・エーコにまで言及した裏には、情報通信技術の話題を、単なる技術の問題に押し込めておきたくはない、という思いがあった。
言語表現と非言語表現1998年2月月刊国語学「現代の言語表現」》三宅なほみさん、安斎利洋さんとの共同作業。いまなら、さしずめblogかWikiWikiでの作業、ということになろうか。
ATOK監修委員会設立秘話1997年5月「広告」(1997年5、6月号、博報堂発行)ずっと『電脳辞書の国語学』を書かれた箭内さんのことが心にかかっていて、「広告」に原稿を書く機会を与えられたとき、その思いをまとめた。箭内さんとは、その後、月刊アスキーの『電脳辞書の国語学−−ATOK監修委員会インサイドストーリー』の座談会で再会を果たした。
デジタルと文化の間で1997年2月〜3月朝日新聞夕刊大学時代、机を並べていた辻篤子さんとの共同作業。このころ、アエラに載ったあまりに勉強不足なピントはずれのユニコード批判について辻さんに文句を言ったら、じゃあ、自分で書いてみたら、というありがたい申し出をもらった。この時点で、このようなコンパクトな形で自分の考えをまとめることが出来て、とても良かったと思っている。